あなたが生活に疲れてしまうのは毎日誰かに踊らされているから

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日曜日。近所のパスタ店でランチを済ませた山下さんご夫婦が帰宅します。

「あー美味しかった。やっぱりボンゴレを選んで正解だったわ」

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山下さんの奥さまが満足した顔で言います。

「美味しいのは良いけど、ちょっと食べすぎたかも・・・」

山下さんがお腹をさすりながらつぶやきます。

「んー あの量はちょっととは言わないわね。ラザニアまで頼むなんて」

あきれ顔の奥さまは続けて言います。

「ねえ、カロリー消費手伝ってあげようか?」

奥さまは何か思惑がありそうです。

「せっかくの休日に運動? いいよ 辻褄合わせに夕食減らすからさ」

嫌がる山下さん。

「違うわよ。この前からエアコンの掃除をしたいなぁって・・・」

「そっちもパス!」

「そんなに大変じゃないのよ これ、使ってみてよ」

そう言って隣の部屋から持ってきた掃除用の便利グッズを山下さんに見せます。

元来機械や道具を使うのが大好きな山下さん。すぐに興味を示します。

「へー、こんなのがあるのか。どれどれ ちょっと説明書見せてよ」

 

こうしてまた奥さまの意のままに操縦される山下さんでした。

でも、このような誘導や操作。私たちの生活の中にも大変多く潜んでいることをご存知でしょうか

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ダイエット関連の誘導


 

カロリー表示って何のため?

最近太ったなぁ。なんて鏡の前でつぶやく人の頭の中に「カロリー」の言葉が思い浮かびます。そしてスマートフォンで「カロリー燃焼」などと検索したりします。

その結果、「ピザや焼き肉は高カロリー食品なんだな」とうなずき、「野菜が不足してるのかな」と答えを導いたりします。

 

そもそもカロリーって何なのでしょうか。科学的に説明すると、1グラムの水の温度を1度上昇させるために必要な熱量のことで、これを1カロリーとして定義しています。ですから、ガスコンロのカロリー表示は火力の強さを認識するためには必要なのです。

 

しかし、栄養や太るなどといったこととカロリーは関連付けがありません。

 

では、なぜカロリーという言葉が食物や栄養の世界でに用いられているのかというと、長さや重さの単位と同じように、比較する際にわかりやすくするためなのです。

 

1日に必要なカロリーとは1日に必要な熱量のことであって、栄養のことではありません。

 

カロリー制限をすると確かに体重は落ちますが、同時に必要な栄養素も不足してしまいます。これは単に「飢餓状態」に陥っているだけです。人間の歴史はこの飢餓状態との戦いだったので「これはいかん」となって「せっせと脂肪を蓄えよう」とします。

 

カロリー表示はわかりやすい指標ではありますがダイエットとは切り離す必要があります。そもそも低カロリーと言われている野菜も草食動物にとっては高カロリー食品になります。低カロリー食品は痩せるための特効薬ではありません。

 

「低カロリー」この表示を見て思わず手を出してはいませんか?

ダイエットについてはこちらをお読みください

糖分0食品って本当に大丈夫?

様々なダイエット方法の中で効果が高いと言われているものの中に「高タンパク・脂質、低糖質ダイエット」があります。

 

簡単に言うと身体の中で糖に変化する炭水化物や糖分を多く含む根菜、果糖があるフルーツなどをなるべく摂取せず、肉や魚、卵などのタンパク質や動物性脂質を積極的に取り体質改善を図りながら体内水分を排出し、同時に筋肉量を増やして体重を減らすというものです。(ここではダイエット内容についての詳細は避けます)

 

これまでダイエットの大敵と言われていたお肉や脂肪を好きなように食べてもかまわないので、多くの方が取り組み始めているようです。

糖を取らないことで血糖値の上昇を抑え、インスリンの分泌を抑制することがその目的です。

 

すべての糖が悪者かと言うとそうでもないようです。いわゆる人工甘味料はこのインスリン分泌に作用しません。

 

そこで登場したのが砂糖未使用や糖分0食品です。「砂糖を使っていないので安心」「糖分が気になる方にお勧め」などの表示を見かけたことはないでしょうか。

 

確かに血糖値の上昇を抑制する効果はあるのでしょうが、甘いものを口にした後の快感を脳そのものは忘れることができなくなります。

 

そして、脳というものはあなたの意志ほど強いものではありません。甘い誘惑にどんどんはまっていきます。それまで避けてきたケーキやお菓子などにも「少しくらいなら」と、ついつい手が出てしまいます。最後に脳は「もう、どうにでもなれ」という答えを導き出します。

 

つまり、脳自体が甘味依存症あるいは中毒になってしまうのです。

これは禁煙に関しても別の項目で記しています

 

当然、商品を売る側にしてみれば「それは自己責任です」と言うでしょう。糖分0という優しい言葉は必ずしもあなたの味方ではないのです。

 

なぜダイエット番組は作られるのか

「これでだめならダイエットの成功はあり得ない」とか、「今夜明らかになるダイエットの最終兵器」など、ダイエットに関する番組が定期的に放送されます。

 

まあ大体は身近な食品を紹介し、生産地まで赴いて生産者の血糖値が低いとか、その食品だけを一定期間口にした芸能人が数キロやせた。こんな構成で締めくくられています。

 

すると翌日のスーパーマーケットでは紹介された食品が飛ぶように売れ、しまいには品薄状態となって価格が吊り上げられたりします。

もっとも、熱しやすくて冷めやすい国民性ですので、ひと月もしないうちに熱は冷めてしまいます。その熱が冷めたころに別のダイエット番組が放送されて、今度はその商品があっという間に売り切れ状態になります。

 

いったいこのサイクルで誰が得をしているのでしょうか。生産者でしょうか?それとも販売者でしょうか?

 

こう考えてみてはどうでしょうか。番組制作者側がこれから取り上げようとする商品の先物取引をしていたとしたら。

制作側はあらかじめ安値で商品先物や企業の株を購入していたとします。当然放送が終了すれば商品は普段以上に売れるわけですから、手元の先物や株は跳ね上がります。

 

「でも、誰が株で儲けようが自分のダイエットには関係がない」という声があるかもしれません。

しかし、これまで紹介された食品や商品を長年買い続けている人って実在しますでしょうか?ほとんどがあまり効果を得られずにまた別の方法を模索していませんか?

 

 

あえて長続きしない、あえて効果があまり期待できない。そのようなものを取り上げているとしたら。

番組には医師も出てきますが本当にどこかの大学の先生なのでしょうか?本物だとしてもお金さえもらえればそれらしいことをいう人など非常に多く存在します。

 

痩せた芸能人?そのVTRは番組の中で何分放送されましたか?本当に番組で紹介した食品だけで痩せたのでしょうか。

 

番組制作者は言うでしょう「これは今まで知られていなかった食品の効果を紹介しただけです。決して個人それぞれの効果を保証するものではありません」とね。

 

普段のお買い物でも誘導が働いている


 

たまに入ったお店で、お会計の際に「ポイントカードはお持ちですか」と聞かれることがありますよね。持っていないことを伝えると「失礼しました」と言ってそのまま会計へと進みます。

 

以前ならポイントカードを作らないかと聞いてきたものですが、最近ではしつこく進めようとはしないようです。なぜならカード作成を進めた瞬間に客側は「何だか面倒だ」と思ってしまい、お店にとってはマイナスイメージになってしまうのです。

 

カードの有無を聞くのは客側に心理的動揺を誘うためです。

 

あなたは3000円の商品を3000円出して手に入れます。しかし、あなたの前にいた別の客は3000円の商品を3000円で買いますが、カードを持っていることでなにがしかのポイントを商品と一緒に手に入れます。

 

前の人がポイントを手に入れたのを見ていたあなたは「カードをお持ちですか」の問いかけに何だか損をしているような気分になります。

 

滅多に入らないお店だけど今度また来るかもしれない。今度もまた損をするのは嫌だ。

 

こう思わせれば良いのです。そのお店はあなたにとってたまにしか行かないお店だったのにカードがあるために頻繁に通うお店になります。

 

「ポイントをもらえるのだから良いではないか」大抵はそう考えます。

 

物の値段は相応の価値についてつけられたものです。ですから、ポイントがあろうとなかろうとその商品自体の価値は変わることはないはずです。

 

 

もしもポイント制度というものが無ければ、あなたは他の店の同じような商品と比較をしてより良いものを手にしているのかもしれません。

 

普段からポイントのあるなしでお店を選んでいるといつの間にか商品の価値よりもポイントの価値が重視されてしまいます。

 

自分の意志で作ったはずのポイントカード。実は企業や店舗に誘導されていたのでは?

 

メディアは世の中の情報を網羅しているわけではない


 

情報番組のバラエティ化

以前と比べて情報番組と呼ばれているものがバラエティ番組化しているといわれています。

 

送り手側は「多様なニーズにこたえるために様々な情報を発信している」と言うのかもしれません。

しかし、芸能人などのゴシップを毎日繰り返し放送する必要があるのでしょうか。

よく言われていることですが、スキャンダラスなニュースや大きな事件の報道の裏では後々私たちの生活に大きな影響を与えるシステムが進行しているようです。

 

「いつの間にこんなことになっていたの?」

耳目を集めやすいニュースばかり注目していると、いつの間にか生活が脅かされていることに気付くことができなくなります。

 

コメンテーターは誰にために話をする?

法律の改正や新規の法案成立などのニュースがあると、その中身を説明する解説役と、是非についての意見を言うコメンテーターが現れます。

 

ところで、コメンテーターの意見は必ずしも正しいことを述べているのでしょうか。

 

例えば企業と消費者との関係性が見直され、企業側にとって都合がよくなるとします。すべてのコメンテーターが消費者側に立った意見を述べるとは限りません。

 

当然のことですが、企業側は自分たちに不利になるようなコメントを出させないようにします。その一つとして企業側寄りのコメンテーターを放送局に送り込めばよいのです。

 

また、放送局側もあまり過激な話をするコメンテーターを好みません。話の内容が番組の趣旨と離れすぎないようにコメンテーターを誘導します。

勿論コメンテーターは仕事として番組に出演するのですからそれに従います。

 

中には過激と言われているコメンテーターも存在しますが、それすら番組の演出と考えて間違いないようです。

 

ネットの情報だけが正解?

自分の意見や思想とは異なったニュースが流れると「テレビは偏っている 自分だけが本当のことをわかっている」などという人がいます。

 

大抵はネットから情報を得ている場合が多いようですが、そのネット自体が偏った層から発信されているとすれば真実とは程遠いと言わざるを得ません。

 

わたしたち一般の市民が特定の層の真実を知りたいのであればその仲間になるしかありません。しかし、それは簡単なことではないし不可能に近いことです。

ネットに流れているニュースを鵜呑みにしすぎるのも大変危険なことです。

 

おわりに


 

「エアコン、きれいになったよ」

掃除を終えた山下さんが奥さまに言います。

「ありがとう。 はい、コーヒー淹れたわよ」

笑顔でカップを手渡す奥さま。

「しかし、便利なものがあるんだな こういうのを考えられる人ってすごいよな」

お掃除の便利グッズを眺めながらしきりに感心する山下さん。

「お掃除もそうだけど、これもすごいのよ」

そう言いながらお料理の便利グッズを山下さんに差し出す奥さまでした。

 

山下さんご夫婦の場合これで良いのでしょうが、私たちが社会の様々な誘導に踊らされないようにするためには、誰が何と言おうと自分の価値を保持することです。

 

ある情報が発信されたら鵜呑みにせず検索することも大切です。自分にとって有益と思えるものであっても、まったく反対の内容が示されている場合もあります。

 

 

これほど多くの人がパソコンやスマートフォンを手にできる時代です。いつまでも他人に自分の行動を委ねるのは終わりにしませんか。

 

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